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名古屋地方裁判所 平成3年(ワ)1259号 判決 1992年8月17日

原告 高木常雄

右訴訟代理人弁護士 竹内浩史

同 渥美玲子

同 平松清志

同 長谷川一裕

被告 三井海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役 松方康

同訴訟代理人弁護士 稲生紀

被告 小栗美惠子

被告 小栗由可里

被告 小栗未貴

右二名法定代理人親権者母 小栗美惠子

右三名訴訟代理人弁護士 白濱重人

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする

事実及び理由

第一請求の趣旨

一  被告三井海上火災保険株式会社は、原告に対し、一〇〇〇万円及びこれに対する平成三年五月一七日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告と被告小栗美惠子、同小栗由可里及び同小栗未貴との間で、訴外小栗悟義の死亡による被告三井海上火災保険株式会社に対する一〇〇〇万円の死亡保険金請求権が右被告三名には属せず、訴外永田祐司及び同永田貴久に属することを確認する。

第二事案の概要

本件は、原告が訴外小栗悟義に貸金債権を有すると主張し、これを相続した訴外永田祐司及び同永田貴久に代位して、右両名が被告三井海上火災保険株式会社に対して有する訴外小栗悟義を被保険者とし、受取人を被保険者の相続人とする死亡保険金一〇〇〇万円の支払を求め、更に、訴外小栗悟義の妻である被告小栗美惠子、同じくその子である被告小栗由可里及び同小栗未貴が相続放棄したのに右死亡保険金請求権が同被告らに帰属すると主張するので、同被告らに対し右死亡保険金請求権が、同被告らに帰属せず、相続人である訴外永田祐司及び同永田貴久に帰属することの確認を求めた事案である。

一  争いのない事実等

1  訴外小栗悟義は、平成三年二月二五日午前二時三〇分ころ、名古屋市<番地略>先路上において、普通貨物自動車(名古屋四七ぬ三一七五)を運転中、衝突事故にあって傷害を被り、その直接の結果として同年三月二日死亡した。

2  右自動車については、平成二年八月二日、被告三井海上火災保険株式会社と訴外小林三次との間で、保険期間を同日から平成三年八月二日まで、搭乗者傷害保険金額を一〇〇〇万円とする自家用自動車総合保険契約(本件保険契約)が締結されている。

本件保険契約の搭乗者傷害条項第一条(当会社の支払責任)は「当会社は、保険証券記載の自動車(以下「被保険自動車」といいます。)の正規の乗用車構造装置のある場所に搭乗中の者(以下「被保険者」といいます。)が被保険自動車の運行に起因する急激かつ偶然な外来の事故により身体に傷害(ガス中毒を含みます。以下同様とします。)を被ったときは、この搭乗者傷害条項及び一般条項に従い、保険金(死亡保険金、座席ベルト装着者特別保険金、後遺傷害保険金および医療保険金をいいます。以下同様とします。)を支払います。」と規定し、同第四条(死亡保険金)は「当会社は、被保険者が第一条(当会社の支払責任)の傷害を被り、その直接の結果として、事故の発生の日から一八〇日以内に死亡したときは、被保険者一名ごとの保険証券記載の保険金額(以下「保険金額」といいます。)の全額を死亡保険金として被保険者の相続人に支払います。」と規定している。

被告三井海上火災保険株式会社には被保険者である訴外小栗悟義の相続人に一〇〇〇万円の右搭乗者傷害条項による死亡保険金(本件死亡保険金)を支払う義務がある。

3  被告小栗美惠子は訴外小栗悟義の妻、被告小栗由可里及び同小栗未貴はその子(養女)であるが、同被告らは、相続放棄の申述をし、平成三年三月二二日名古屋家庭裁判所に受理された。

4  被告小栗美惠子、同小栗由可里及び同小栗未貴は、本件死亡保険金請求権が同被告らに帰属すると主張している。

5  訴外小栗悟義の権利・義務は、甥である訴外永田祐司及び同永田貴久が相続した(<書証番号略>)。

二  争点

1  本件死亡保険金の帰属

(一) 原告

本件保険契約の約款上、本件死亡保険金の受取人は被保険者の相続人であるところ、被保険者たる訴外小栗悟義の相続を放棄した被告小栗美惠子、同小栗由可里及び同小栗未貴は、初めから相続人とならなかったものとみなされる結果、本件死亡保険金の受取人とはならず、訴外小栗悟義の権利・義務を相続した甥である訴外永田祐司及び同永田貴久がその受取人である。

(二) 被告ら

本件保険契約の約款上、本件死亡保険金の受取人は被保険者の相続人であるものの、右受取人は相続によって保険金請求権を取得するのではなく、保険契約の効果として原始的に保険金請求権を取得するのであり、保険契約の効力発生と同時に相続人たるべき者の固有財産となり、相続放棄をしてもその請求権を失うものではない。

2  被保全権利の存否

原告は訴外小栗悟義に対し、貸金一〇七〇万円を有していたか。

第三争点に対する判断

一  本件保険契約の搭乗者傷害条項は、その性格上、特定の被保険者を予定することができないから、その結果、被保険者死亡の場合の死亡保険金の受取人を特定人と定めることができず、被保険者の相続人と定めているものである。

このような場合、保険契約者の意思を合理的に解釈すると、被保険者の死亡により直接の損害を被ると予想される右死亡時点の第一順位の法定相続人たるべき者(被保険者の配偶者及び子である場合が多いと推認される。)に、死亡保険金を帰属させることを予定しているものと認めるのが相当である。

また、原告の主張を前提にすると、いわゆる熟慮期間中(民法九一五条ないし九一七条)は、受取人が確定しないことになる上に、自己が相続人となったことを知って右期間を経過した後に、相続財産の存在(とりわけ消極財産)を認識したときには、熟慮期間はそのときから起算されて、相続人が改めて相続放棄することもできるから、相続人の変動に伴って受取人の地位の変動を来す場合も予想されるのであって、実際上の不都合が生ずる可能性を否定できず、原告の主張は相当とはいえない。

したがって、死亡保険金請求権は、被保険者の死亡により保険金請求権が発生した時点における第一順位の法定相続人たるべき者が取得し、その後、その相続人たるべき者が相続放棄したとしても、既に右相続人たるべき者の固有財産となっており、後順位の相続人が保険金請求権を取得することはないと解するべきである。

二  そうすると、本件死亡保険金請求権は、訴外小栗悟義が死亡した時点における法定相続人たるべき被告小栗美惠子、同小栗由可里及び同小栗未貴が取得したものというべきであり、その後、同被告らが相続放棄したとしても、右請求権を失わない。

三  よって、原告の本訴請求は、その余の点を判断するまでもなくいずれも理由がないことが明らかである。

(裁判官 竹内純一)

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